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札幌地方裁判所 昭和55年(ワ)1455号 判決

原告

中野宏也

右訴訟代理人

郷路征記

佐藤哲之

被告

北土建設株式会社

右代表者

砂田留雄

右訴訟代理人

山根喬

富田茂博

被告

前田道路株式会社

右代表者

大石勇

右訴訟代理人

上口利男

主文

一  被告らは、各自、原告に対し、金三二三三万一四二八円及び内金二九三三万一四二八円に対する被告北土建設株式会社は昭和五五年九月一一日から、被告前田道路株式会社は同年九月一二日から各支払済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その二を原告の負担とし、その余は被告らの負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは連帯して原告に対し、金五二七三万八〇三九円及び内金四七七三万八〇三九円及び内金四七七三万八〇三九円に対する昭和五三年九月一六日から支払済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁(被告両名)

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生と結果

原告は、昭和五三年九月一六日午前一一時ころ、札幌市西区琴似駅前において西区琴似水道第二幹線工事(以下、本件工事という。)に従事していたところ、次のとおり労災事故(以下、本件事故という。)に遭い、後記の傷害、後遺障害を受けた。

(一) 本件事故発生の態様

原告は、他の作業員とともに、バックホーによつて、地面に長さ六メートル幅四メートル、深さ五メートルの穴(以下ピットという。)を掘る作業に従事していたが、ピットの中で作業している者に危険を生じたので、バックホー(以下、本件重機という。)の運転手に停止を命じたうえ、土止め作業をしたところ、突然バックホーが旋回を開始したため、その後部で腰部をはねられた。

(二) 本件事故の結果

原告は本件事故により腰椎挫傷の傷害を受け、その治療のため昭和五三年九月一六日から同年一一月一六日まで訴外飯塚整形外科病院(以下、飯塚整形という。)へ通院、同年一一月一七日から昭和五四年一月二〇日まで同病院に入院し、同年一月二一日から同年一二月三一日までの同病院に通院を各余儀なくさせられた。

原告は、昭和五四年一二月三一日、病状固定と診断され、長時間の歩行困難等の後遺障害が残存し、右後遺障害は、昭和五五年五月一五日、札幌労働基準監督署長より、労働者災害補償保険法上障害等級六級に該当すると決定された。

2  当事者の関係

原告は、本件事故当時、訴外北宝建設株式会社(以下、北宝建設という。)に雇用され、本件工事に従事していたものであり、北宝建設は被告前田道路株式会社(以下、被告前田道路という。)から本件工事を下請したものであり、被告前田道路は被告北土建設株式会社(以下、被告北土建設という。)から本件工事を下請していたものである。

3  責任原因(安全配慮義務違反)

(一) 北宝建設は、いわゆる人工出し(労務者提供業)の会社で、労務者を一〇人位かかえ、工事用機械としてランマー、水中ポンプを持つている程度で、土木建設を請負い、責任をもつて施行する能力も体制も全くない会社であつた。

(二) 被告北土建設はその従業員曽屋潤一(以下、曽屋という。)を、被告前田道路はその従業員中村瓦(以下、中村という。)を本件工事現場に各派遣して常駐させ、それぞれ、曽屋、中村をして原告ら北宝建設の従業員を直接あるいは北宝建設の下谷内芳市社長(以下、下谷内という。)を通じて間接に指揮監督していた。

(三) 被告北土建設は、本件工事現場が公共用道路であつたところから、自己の名でその占有許可を受け、被告北土建設所有のバリケードで本件工事現場を囲んで第三者の侵入を排除し、道路交通法上の安全諸設備、工事資材、ヘルメット等を提供していた。

さらに、被告北土建設は、北宝建設との関係では、労働安全衛生法(以下、労安法という。)一五条の特定元方事業者であつた。

(四) 被告前田道路と北宝建設の請負契約は、いわゆる人工出し、労務者供給契約の形態であつたから、被告前田道路は、労安法二条の事業者に該当する。

(五) 使用者は、その被用者に対し、被用者が労務を提供するに際して、その生命、健康を危険から保護すべき契約上の義務を負つている。

(六) 元請人と下請人の被用者との間には直接の契約関係はないが、その労働実態が元請人の直接の被用者の場合と同様に直接の支配従属関係にあれば、元請人は下請人の被用者に対し、信義則上、被用者の生命、健康を危険から保護すべき義務がある。

本件においても前記(一)ないし(四)の事実関係の下では、原号と被告両名との間には直接の支配従属関係があつたというべきである。

(七) 従つて、被告両名は、原告の生命、健康を危険から保護すべき次の内容の安全配慮義務を負つていたといわなければならない。

被告らは、労安法二一条の趣旨により「掘削の業務における作業方法から生ずる危険を防止するため必要な措置を講ずる」ことを義務づけられており、その措置とは建設業労働災害防止規程により、地山の掘削作業主任者に作業方法を決定させ、作業を直接指揮させなければならないこと(同規程八八条)、及び建設用重機による掘削であるから誘導者及び信号者を予め決め、そのなすべき合図を決定しそれを運転者へ周知徹底し、運転者に対し、作業内容並びに指揮の系統を通知し、運転者をして、誘導者又は信号者の合図を確認して運転させなければならないこと(前記規程参照)である。

しかるに、被告両名は右義務を全く履行しなかつた。

4  責任原因(運行供用者責任)

本件加害車輛は自賠法三条にいう自動車であり、本件事故が右自動車の運行によつて生じた人身事故であることも明らかである。従つて本件自動車の運行供用者は、自賠法三条により原告に生じた損害を賠償する責任がある。

自賠法三条の趣旨は「自動車の運転がある程度不可避的に事故発生の危険を伴うものであるところからして、自己のために自動車を運転の用に供する者は、通常その運行による利益を享受しうる地位にある反面の義務として、自動車の運行自体に包含される抽象的一般的危険を負担すべく、もしこの危険が具体化して事故による損害が発生した場合は、この者に賠償責任を負わしめるのが社会観念上妥当であり、また衡平の観念にも合致するとのいわゆる危険責任・報償責任の思想に基づく」ものとされている。そして自賠法三条にいう「自己のために自動車を運行の用に供する者」については自動車の運行の支配と運行による利益の帰属の両面から考案すべきとされている。

被告両社が本件重機の運行による利益を享受していたことは、本件重機が被告北土建設が請負い、被告前田道路が下請した本件工事に従事しており、右工事に従事中に本件事故を発生させたことから明らかである。

原告が雇用されていた北宝建設は本件工事に関し、労務者を提供するだけの請負形態であり、本件現場の管理・指揮命令はいずれも被告両社でおこなつていた。本件事故時には、被告北土建設の技術員曽屋潤一、被告前田道路の現場監督者中村某が常駐しており、右被告両社は本件重機の運行につき現実に支配をおよぼしていたものである。

5  責任原因(不法行為)

もし仮りに前記3、4の責任が認められないとしても、被告北土建設は特定元方事業者として、労安法二九条により「元方事業者は、関係請負人及び関係請負人の労働者が、当該仕事に関し、この法律又はこれに基づく命令の規定に違反しないよう必要な指導を行なわなければならない。元方事業者は、関係請負人又は関係請負人の労働者が、当該仕事に関し、この法律又はこれに基づく命令の規定に違反していると認めるときは、是正のため必要な指示を行なわなければならない」との義務を負つているのであるが、前記3記載のとおり違反事実を直接見て知つていながら、是正のため必要な指示を怠つた過失があり、民法七〇九条によつて原告に生じた損害を賠償する責任がある。

6  損害

以上いずれかの責任原因によつて被告両名が原告に賠償すべき損害は以下のとおりである。

(一) 治療費関係

入院雑費 一日当り金七〇〇円入院六五日分 金四万五五〇〇円

(二) 休業損害

原告の平均賃金日額 金九七九四円

休業期間 事故日から昭和五四年一二月三一日まで四七八日間 金四六八万一五三二円

(三) 逸失利益

後遣障害六級の労働能力喪失率を六七パーセントとし、六〇歳までは事故時の収入で稼働可能とし、障害固定時から六〇歳までの年数一七年のホフマン係数12.0769を乗じてその現価を求め、さらに六七歳までは、収入が事故時の三分の二に減ずるものとしてホフマン係数3.4228を乗じてその現価を求めると合計金三四三九万一〇〇七円となる。

(四) 慰藉料

原告は前記傷害による肉体的苦痛ならびに後遺症の残存により、まんぞくに働くこともできず、日常的な苦痛の下におかれている。右の肉体的苦痛とそれにより原告が社会生活に参加できないこと等は、原告に多大の精神的苦痛をもたらした。原告の右苦痛を慰藉するには金八六二万が相当である(但し、入・通院一一二万円、後遺症七五〇万円)。

(五) 弁護士費用

原告は本件訴訟の遂行を弁護士郷路征記、同佐藤哲之に委任し、着手金ならびに報酬の合計として金五〇〇万円の支払いを余儀なくされている。

7  よつて、原告は被告らに対し、各自、損害金五二七三万八〇三九円及び内弁護士費用を除いた金四七七三万八〇三九円に対する事故の日の昭和五三年九月一六日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

(被告北土建設)

1 その1の(一)は否認するがその余は認める。

2 その2は認める。

3 その3の(一)は不知、(二)のうち被告北土建設が曽屋をして本件工事現場を巡視させ作業進行状況を監視させていたことは認めるが、その余は否認する。曽屋は中村に対して指示していただけである。(三)のうち、被告北土建設が特定元方事業者であつたことは認める。(四)は不知、(五)は認める。(六)は争う。(七)も争う。

被告前田道路から本件工事を請負つた北宝建設は、本件重機を他から傭車し、同重機による作業現場を管理し、原告をして掘削作業の指揮に当らせていたものであるから、被告北土建設は原告に対して安全配慮義務を負う立場にはなかつた。

また、被告北土建設は、特定元方事業者としての注意義務は果していた。

さらに、被告北土建設に仮に安全配慮義務違反があるとしても、原告は本件重機による作業をしながら、運転者の確認を得ないまま、漫然とピット内に入ろうとしたものであつて、本件事故は原告の自己過失に基づくものであつて、被告北土建設の義務違反との間に相当因果関係はない。

4 その4のうち被告北土建設に運行利益、運行支配があつたことは否認する。

5 その5は否認する。

6 その6は全部不知

(被告前田道路)

1 そめ1の(一)は否認する。(二)は不知、その余は認める。

2 その2は認める。

3 その3の(一)は否認する。北宝建設は、水道管敷設工事の専門業者である。(二)のうち中村が被告前田道路の単なる連絡員であつたことは認めるが、中村には何らの指揮監督権もなかつたので、原告を指揮監督していた点は否認する。(三)は認める。(四)は否認する。(五)は認める。(六)、(七)は否認する。

被告前田道路は、本件水道管敷設工事につき、その施行能力を有しないものであつたから、被告北土建設がその施行管理を行うとの条件で、折から本件工事現場付近で水道管敷設工事を行つていた北宝建設に請負わせることにし、被告北土建設から形式的に請負つただけであり、北宝建設を指揮監督する立場になく、労安法上の事業者として北宝建設から労務者の供給を受けていたものでもない。被告前田道路が被告北土建設から実質的に請負つたのは道路復旧工事のみである。

また、仮に被告前田道路に仮に安全配慮義務違反があつたとしても、本件事故との因果関係のないことは被告北土建設の主張と同一である。

4 その4のうち、被告前田道路に運行利益、運行支配のあつたことは否認する。

5 その6は全部争う。

三  抗弁(過失相殺)(被告両名)

原告は、本件事故発生当時、本件重機の運転者の運行の指示をしていたものであり、本件重機の停止を指示しながら、運転者が右指示を了解したかどうかを確認せず漫然とピットに入ろうとしたため本件事故に遭つたものであり、右の容易な確認を怠つた点には重大な過失がある。

四  抗弁に対する認否

否認する。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1について

1  原告が昭和五三年九月一六日午前一一時ころ、本件工事現場において、本件工事に従事中に事故に遭つたことは、原告と被告両名間に争いがなく、その結果原告が請求原因1の(二)記載のとおり傷害、後遺障害を受けたことは、原告と被告北土建設間に争いがない。

2  〈証拠〉によると、以下の各事実を認めることができ、〈反証排斥略〉、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  原告ら北宝建設の作業員約五名は、昭和五三年九月一五日、既に杭打を終つていた本件工事現場の圧入ピット予定部分に作業に入り、幅約四メートル、長さ約六メートル、深さ約五メートルの圧入ピットを掘削すべく、北宝建設が第三者から運転手付で傭車したタイヤ式ショベル・ローダが予定の個所を掘削するのに合わせて、スコップやツルハシを用いて手掘りで機械の掘り残した部分の掘削をしたり、仕上げをしたり、曽屋や中村の指示を受けて矢板やH鋼等の補強材を入れる作業を開始したが、同日は、約一メートル掘削し、矢板やH鋼等を使用して土止め作業をする程度で終つた。

(二)  翌日の九月一六日、圧入ピット建設作業は午前七時三〇分ころ開始されたが、前日からのショベル・ローダは深さ約3.8メートル位の掘削能力しか無かつたため、曽屋の指示で五メートル以上の掘削能力のある重機を入れることになり、同日午前一一時ころ、これも北宝建設が第三者から運転手付で傭車したキャタピラ式ショベル・ローダ(本件重機)が本件工事現場に到着し、タイヤ式のものと交替して圧入ピットの掘削作業を始めたが、そのころ、ピットの深さは約3.8メートルになつていた。

(三)  原告は、当日、朝からピット付近の地上に立つて、ピットの中にいた三名の作業員と声をかけ合い、重機の運転者にアームの昇降、旋回等について合図指示をしていたが、本件重機に交替した直後に、ピット内の作業員からツルハシを取つてほしいと言われ、ピット内の作業員にこれを手渡すべく、本件重機の運転者の方に対し、手を挙げて「止まれ」の合図をし、運転者がこれを了解したものと思つて、ツルハシを持つて本件重機の付近のピットの縁に近づいたところ、本件重機が旋回を始め、本件重機の一部が原告の腰部に衝突した。

このとき、曽屋と中村は、ピットの反対の縁にいて掘削作業を見ながら、何か作業の打合せをしていたが、本件事故によつて原告が声をあげた瞬間、倒れてピットに落ちかかつている原告を目撃した。

(四)  原告は、本件事故により腰椎挫傷の傷害を受け、その治療のため飯塚整形に、昭和五三年九月一九日から同年一一月一二日まで通院し、同年一一月一三日から昭和五四年一月一八日まで六七日間入院し、同年一月一九日から同年一二月三一日まで再度通院したが、通院治療日数四〇三日のうち治療実日数は二二九日であつた。

原告は、昭和五四年一二月三一日、飯塚整形の医師から症状固定と診断され、第四、五腰椎の変形、椎間板症、脊椎側彎症等のため長期間の歩行困難等の後遺症障害が残存し、昭和五五年五月一五日、札幌労働基準監督署長より右後遺症障害は、労働者災害保険法施行規則別表一の障害等級第六級に該当すると決定された。

二請求原因2の事実は、原告と被告両名間に争いはない。

三安全配慮義務(請求原因3)について

1  被告北土建設の従業員曽屋が本件工事現場に常駐していたこと及び同被告が特定元方事業者であつたことは、原告と同被告との間で争いはなく、被告前田道路の従業員中村が本件工事現場に常駐していたこと及び請求原因3の(三)の事実は、原告と被告前田道路との間で争いはない。

2  〈証拠〉によると、以下の各事実を認めることができる。

(一)  本件工事は、被告北土建設が、昭和五三年八月三一日、代金三五一〇万円、工期同年九月一日から同年一二月九日の約で札幌市から請負つた延長約六五〇メートルに亘る水道管(直径七〇〇ミリ)敷設工事であり、被告北土建設は、右工事に必要な測量を曽屋に行なわせ、地表の舗装部分をカッターで切る作業、ピット部分の杭打、圧入機の搬入設置、水道管の搬入の各作業等を第三者に下請に出し、その他の作業(試験掘り、掘削、ピットの建設、水道管の敷設、接合、埋め戻し、道路復旧工事等)を、同年九月五日、代金三〇三〇万円で被告前田道路札幌営業所に下請に出した。

(二)  被告前田道路札幌営業所は、深さ五メートルのピットを建設する能力は無かつたが、路面復旧工事に関しては専門業者であつたところから、右復旧工事以外の工事に関しては、被告北土建設の了解を得たうえで再下請に出すことにし、被告前田道路札幌営業所の本件工事担当作業所長であつた橋本幸二(以下、橋本という。)は、曽屋と一緒に再下請業者を捜したところ、北宝建設が本件工事現場に隣接する現場で類似の下請工事をしているのを知り、路面復旧工事以外の前記の工事を北宝建設に金一六五〇万円出来高払の約で再下請に出した。

(三)  北宝建設は、下水道、マンホール等の土木工事をしていた事務員三人位、労務者一〇人位の規模の会社で、所有する機械、機具類は、ダンプカー二台、ランマー一台、水中ポンプ二、三台のほかスコップ、ツルハシ程度で、主として労務者を提供する型の下請専門業者であつた。

(四)  被告北土建設は、同年九月五日ころ、下請業者を集めて、施行手順等の打合せを行なつたが、被告北土建設からは曽屋が、被告前田道路からは橋本外一名が出席した。

(五)  その後、測量、試験掘が併行して開始されたが、被告北土建設は本件工事現場付近に現場事務所を設け、二級土木施行管理技師及び地山の掘削作業主任者の資格を持つ曽屋を現場代理人として派遣し、被告北土建設所有のバリケード、電光板、工事標識、レール、矢板等の資材を搬入し、被告北土の会社名の入つたヘルメットを原告ら作業員に貸与し、曽屋の上司が週一、二回来て曽屋に必要な指示を与えていた。

(六)  また、被告前田道路は、自社の現場責任者として、中村を派遣したほか、橋本が週二、三回本件現場に来て、中村に必要な指示を与えていた。

(七)  原告らは、同年九月一五日、圧入ピット建設の作業にとりかかる際、曽屋から、ショベル・ローダの回転半径内に入らぬよう注意を受けたほかは、被告両名や北宝建設から何らの安全教育を受けていなかつた。

また、原告らは、作業を進めるについて主として曽屋から指揮監督を受けていたが、中村や下谷内から指揮監督を受けることもあつた。

(八)  曽屋は、主として中村と作業手順の打合をし、指示を与えていたが、右の打合に下谷内が加わり、曽屋の指示を受けることもあつた。

曽屋は、札幌市との契約の上でも現場代理人であつたため、現場における作業進行状況に関する指揮監督以外に付近住民の騒音、震動に関する苦情処理や札幌市の担当者との打合せもしなければならず、細い指示は中村に与え、中村が圧入ピット建設現場にいることが多かつた。

(九)  原告ら北宝の者は、本件事故の前後を通じて重機の運転者に対する合図者を固定していたことはなく、下谷内がいるときは下谷内が、同人不在のときは、原告ら作業員の中から誰彼となく適宜に手のすいた者が合図者となつて、思い思いの方法で合図をしていた。そして、原告らが、合図者となつても、それと分る腕章や旗を持つていた訳ではなく、合図の方法も決められていなかつた。そして、合図者が交替してもそのことが運転者に伝えられることは無かつた。

以上の各事実が認められるところ、証人橋本幸二、同中村瓦及び及川雄一は、被告前田道路は本件工事のうち路面復旧工事にのみ関与したもので、その他の全工事については被告北土建設に指揮監督を全面的に任せ、中村は単なる連絡員に過ぎなかつた旨供述する。しかし、被告前田道路が路面復旧工事のみに関与し、その余の工事については指揮監督権がなかつたのであれば、そもそもその余の工事を下請契約に含ませていることが不自然であるし、連絡員としてさえ中村を派遣する必要は無かつたとも考えられるのであつて、自らも再下請業者北宝建設を捜したりして出来高払の約で再下請契約を締結している以上、中村を派遣して現場の作業進行状況を指揮監督する必要があつたものといわなければならないから、右各供述はにわかに措信することができない。

また、証人曽屋の証言中には、北宝建設側に合図者を固定するよう指示した旨の供述部分があるが、証人奥山己之助は明確にこれを否定しているうえ、本件事故後も前示のような合図の方法が行なわれていたことに照らすと、にわかに右供述部分を措信することはできず、仮に、曽屋が中村又は下谷内を通じて右の指示をしたとしても、現に行なわれていた合図の方法は極めて不完全なものであつたのであるから、右指示が内容においても、周知させる方法においても不完全なものであつたことは明白である。

そして、以上のほか前記認定を覆すに足りる証拠はない。

3  右認定事実によると、被告北土建設は、被告前田道路が本件工事を北宝建設に再下請に出すことを容認し、本件工事現場に現場事務所を設け、現場代理人として従業員曽屋を派遣し、各種の用具、資材を搬入し、曽屋をして再下請業者である北宝建設から供給された原告らを直接、間接に指揮監督し、かつ、特定元方事業者の立場にあつたものであり、被告前田道路は、再下請業者である北宝建設を選定し、前記現場事務所に従業員中村を派遺し、中村は曽屋及び橋本の指示を受け、北宝建設から供給された原告らを直接、間接に指揮監督していたものということができる。

してみると、被告両名は、原告との間で直接の雇用契約を締結していたものではないが、原告を、自己の従業員に対するのと同様の立場で支配し従属させていたといわなければならず、また、労安法上の事業者に準ずる地位(被告北土建設は少くとも特定元方事業者の地位)にあつたといわなければならない。

4  被告両名と原告との右のような関係を前提にすると、被告両名は原告に対し、本件事故発生の際の圧入ピット建設作業に関し、原告の生命、健康を保護すべき安全配慮義務を信義則上負つていたと認めるのが相当であり、労安法の諸規定(一五条、二〇条、二一条、二四条、三〇条、五九条、同規則第二編第一章の二第一節、同第二章第一節)を参酌して原告の身体と本件重機とが接触することを回避すべき被告両名の右義務の具体的内容を検討すると次のとおりとなる。

(一)  原告に対する安全教育ないし北宝建設に対する安全教育の指導、援助

(二)  圧入ピット建設現場に地山の掘削作業主任者を立会させ、直接作業を指揮させること

(三)  重機の運転者に対する信号者を予め決め、そのなすべき一定の合図を決定し、運転者へ周知徹底し、運転者に対し、作業内容並びに指揮の系統を通知し、運転者をして信号者の合図を確認して運転させること

被告前田道路は、原告に対し安全配慮義務を負うべき立場になかつた一理由として、自己が水道管敷設工事の専門業者でないことを主張するが、右の安全配慮義務はその内容に照らし、水道管敷設専門業者でない同被告にとつても実行可能なものであつたことは明らかである。

5  被告両名が右の安全配慮義務を過怠していたことは、前示の原告らの作業方法、本件事故発生の態様等に照らして明らかである。

本件事故発生につき原告にも過失があることは後記五で判示するとおりであるが、本件事故発生と被告らの右安全義務違反との間に相当因果関係のあることは右義務の内容から明らかであつて、この点に関する被告両名の主張は採用することができない。

よつて、その余の責任原因について判断するまでもなく、被告両名は原告に対し、後記の損害を賠償する義務がある。

四損害(請求原因6)について

1  入院雑費

本件事故による原告の入院期間が原告主張の六五日間を下らないことは、前記一の2の(四)で認定したとおりであり、入院一日当り少くとも金七〇〇円の諸雑費を要することは公知の事実であるから、右期間中に要した入院諸雑費の合計は金四万五五〇〇円となる。

2  休業損害

〈証拠〉によると、原告の本件事故時の平均賃金は金九七九四円であつたことが認められこれに反する証拠はない。そして、原告が本件事故により事故発生当日の昭和五三年九月一六日から症状固定の昭和五四年一二月三一日までの四七二日間稼働しえなかつたことは、前記一の2の(四)で認定した原告の症状、入、通院の状況からこれを推認することができ、従つて、右の間の原告の休業損害は合計金四六二万二七六八円となる。右の限度で休業損害を認めることができる。

3  逸失利益

原告が本件事故により受けた後遺障害が、労働者災害補償保険法施行規則別表一の障害第六級に該当することは、原告と被告北土建設間では争いがなく(争いのない請求原因1の(二)の事実から推認できる。)、原告と被告前田道路間では前記一の2の(四)で認定したとおりである。従つて、原告の後遺障害は自動車損害賠償保障法施行令別表第六級の障害に相当し、その労働能力喪失率は六七パーセントと認められ、これに反する証拠はない。

そして、原告が昭和一一年一〇月七日生の男子であることは〈証拠〉によりこれを認めることができ、原告の本件事故時の平均賃金が金九七九四円であつたことは前項で認定したとおりである。そして原告の作業の性質からみて、原告は、少くとも右同額の収入を得て六〇歳まで稼働し、その後収入が三分の二に減じても六七歳までは稼働しうるものと推認される。

右の事実を基礎に、原告の就労可能期間の収入額(六〇歳から六七歳までは三分の二)に前記労働能力喪失率を乗じ、ライプニッツ係数により年五分の割合による中間利息を控除して、原告の喪失した得べかりし利益の事故時における現価を計算すると、別紙計算書記載のとおり、金三一八三万七〇〇七円となる。

4  慰藉料

原告が本件事故により入、通院を余儀なくされたことは前示のとおりであり、原告本人の供述(第一回)によると、原告は妻と二人の子供をかかえ、将来にわたり労働が軽作業に制限され、後遺障害のため日常生活においても種々の制限を受けることが認められ、これらの事実を考慮すると本件事故により原告の受けた精神的損害を慰藉するには金八六二万円をもつてするのが相当である。

5  弁護士費用

原告が本訴提起につき、弁護士郷路征記、同佐藤哲之に訴訟委任をしたことは記録上明らかであり、本件事故発生の態様、本訴認容額等諸般の事情を斟酌すると被告らが負担すべき本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は金三〇〇万円であると認められる。

五過失相殺(抗弁)について

本件事故発生の態様は前記一の2で認定したとおりであり、原告が本件事故発生の前日曽屋から重機の回転半径に入らぬよう指示を受けていたことは前記三の2の(七)で認定したとおりである。右認定事実によると、原告は、ピット内の作業員にツルハシを渡す必要があつて本件重機の回転半径内に立入つたのであるから、曽屋の原告に対する右指示は必ずしも十分なものではないが、当時、原告は重機の運転者に合図をする役割を自ら負つていたのであるから、回転半径内に立入るためには、単に「停まれ」の合図をするだけでは不十分であつて、右の合図を運転者が了解したことを確認すべき注意義務があつたといわなければならず、これを怠つて立入つた点に民法七二二条にいう過失があつたものと認められ、これを本件の損害額算定に当り公平上斟酌するのが相当である。

そこで右過失を三五パーセントと評価して斟酌することとし、被告両名は、四項の損害のうち弁護士費用を除いた損害の六五パーセントに当る金二九三三万一四二八円と弁護士費用の合計三二三三万一四二八円を賠償すべきものと判断する。

六結論

以上の次第であるから被告両名は各自原告に対し金三二三三万一四二八円及び内金二九三三万一四二八円に対する記録上明らかな訴状送達の日の翌日の被告北土建設は昭和五五年九月一一日から、被告前田道路は同年九月一二日から各支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

よつて、原告の請求は右認定の限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する (小野博道)

別紙計算書〈省略〉

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